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日々のこと 3月28日

昨日の民主党県連大会で新体制が決まりました。

私は結党以来かかわってきた役員から除かれました。すっきり吹っ切れた感じです。

県政、国政ともに現状の民主党には失望しています。

ここはよりとらわれない立場で、地域と時代の在り方を考え行動していきたいと思います。
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コメント

決別

桑原さんと沢田さんこそ真の民主党だ。民主党県連もいつの間にか新進石川に乗っ取られ生え抜きを排除しいいとこ取り。自民党と何も変わらない既得権益重視の政党になってしまった。もう桑原さんは民主党県連と決別して協力なんかしないで頑張りましょう。桑原さんを支持する105000の有権者のために反旗を翻しましょう。どうせ桑原さんがいない民主党なんて参院選は惨敗です。

春宵一刻値千金

新聞で民主党の新役員を見ました。

なるほど。しばらく様子を見ましょう。
桑原さんと沢田さんが役員から外れました。
予想されたたことですが、県知事選挙で党是を無視して「多選・相乗り候補者の谷本氏」を県連が支持した責任は誰が取るのだろうか。民主党が国民・県民に約束していたのではないのだろうか。
民主党県連で徹底的に議論して、県民に対して見解を示すべきであろう。


民主党の政治理念はどこへ行ったのだろうか。小沢氏の党運営を見ていると、自民党の旧田中派の政治手法が次から次へと披歴されているようだ。
かつての金権政治を想起させられ、本当に不快であり国民をなめていると思う。
早期に自分の政治資金問題を国民に明らかにするべきである。

小沢氏は参議院議員選挙で走り回っているが、「主権者の目」に気づいていないのだろうか。小沢氏の退場を願っており、政治手法の古さと薄汚さにあきれているのです。
小沢氏が走り回れば走り回るほど状況が悪くなり、惨敗が必至であろうと推察されます。

民主党石川県連は西原啓氏を公認候補に決定しましたが、なぜこの人物に決定したのかわかりませんし、当選への道はどうなのだろうか。
民主党の候補者に応募する前に自民党に声をかけたとのことである。そして郵政の官僚であったとのこと。
脱官僚を謳っている党是との整合性はどうなっているのだろうか。そして二股をかける西原氏のその狡猾さ。

先般の衆議院議員選挙において、どさくさにまぎれて旧自民党衆議院議員で大臣経験者の沓掛哲夫氏を急遽比例区に立て当選させた。
そして、今般県連の顧問になっている。民主党は魂を売ったのでしょうか。民主党支持者をなめているのだろうか。

主権者はよく考えるべきです。参議院は良識の府と称され、その存在意義は『第二院として第一院である衆議院から送られてくる議案を十分に審議する』議院である。
したがって、政党に引き回されてはならないのが原則であり、政党の利害を離れた無所属議員が多数を占めるべきであると言われてきたものである。

もう40年近くになります。菅直人副総理が東京工業大学生時代に、参議院議員選挙であの市川房江さんの選挙に多くの学生とボランティアで選挙運動をしたもので、それをきっかけに政治家を目指したものでした。市川房江さんはもちろん政党には属していませんでした。

さて、桑原さんは知事選で105000票を越える得票がありました。
全く組織がなく、また実質2カ月余の短期間にいわゆる「草の根選挙」での得票でした。得票差はあり敗北しましたが、驚くべき数字です。
政治の玄人筋の判断では、今後の国政や地方選等で候補者になれる資格を得たとのことである。

まずは7月の参議院選挙ではどのような行動を取られるのでしょうか。
民主党の役員を外されました。県知事選に立候補したことによるものですが、民主党の党是を守ったのは桑原さんでした。民主党県連の一川代表は知事選をどのように総括されたのでしょうか。県民に対して、「党是を破った知事選」と今回の民主党役員から桑原氏と沢田氏を外したことの説明はどうされるのでしょうか。

知事選で桑原氏に投票した105000人余りの人は利権や強制による投票ではありません。知事選の意味を十分に理解され、過去における政治家としての実績を評価しての投票であると判断されます。

その人達は桑原氏の動向をじっと見ていると思います。そして民主党の動向も。
新進党石川が合流して本来の民主党の方向から外れることを懸念します。土建業界等の利権の斡旋等。
党内できちんとした議論をして、駄目であれば別の方法をとるべきだと思います。

とりあえず、党内での知事選の総括を早急にされたらと思います。
そして知事選により、今後いろいろな可能性と選択肢が出てきました。
じっくり考えてください。1996年の民主党結成の政治理念をもう一度確認してください。

民主党県連消滅

石川県に関しては民主党の組織は無くなりました。新進石川第二自民党の誕生です。新進石川は土木利権複合体とみていいでしょう。さあ皆さん選挙は棄権しましょう。もしくは無所属の候補か共産党を応援しましょう。

民主党の基本理念

本日、私が「春宵一刻値千金」のタイトルで書いたコメントの中で、「市川房江」と書いていますが「市川房枝」の誤りでした。訂正させていただきます。

それから、1996年に民主党が結成された時の党綱領的文書があります。
「民主党の基本理念」ですが、これは党結成にかかわった評論家の高野孟氏が作成したもので、政治理念・政策をさし示しています。
なお、現在の民主党には綱領的なものはないようです。

また、先般、執行部批判をした『生方幸夫副幹事長』も民主党結成時のメンバーであり、この基本理念を行動原理として政治活動をされていたものです。
自由闊達な議論をしてきた政党でしたが、自由党が吸収合併されて、小沢氏が代表や幹事長になってから独裁的党運営をし始めたものでした。




民主党の基本理念

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※旧民主党が96年9月の結成時に発表した綱領的な文書だが、旧新進党の人々が合流して新民主党になったときに「廃棄」されたらしく、今は民主党サイトのどこにも残されていない歴史的文書になってしまった。先日、民主党の若手議員たちの勉強会に呼ばれたときに、この文書の話をしたら、ほとんどが「知らない」と言うので、ここに掲げることにした。

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 私たちがいまここに結集を呼びかけるのは、従来の意味における「党」ではない。

 20世紀の残り4年間と21世紀の最初の10年間をつうじて、この国の社会構造を根本的に変革していくことをめざして行動することを決意した、戦後生まれ・戦後育ちの世代を中心とし[て老壮青のバランスに配慮し]た、未来志向の政治的ネットワークである。


社会構造の100年目の大転換

 明治国家以来の、欧米に追いつき追いこせという単線的な目標に人々を駆り立ててきた、官僚主導による「強制と保護の上からの民主主義」と、そのための中央集権・垂直統合型の「国家中心社会」システムは、すでに歴史的役割を終えた。それに代わって、市民主体による「自立と共生の下からの民主主義」と、そのための多極分散・水平協働型の「市民中心社会」を築き上げなければならない。いままでの100年間が終わったにもかかわらず、次の100年間はまだ始まっていない。そこに、政治、社会、経済、外交のすべてがゆきづまって出口を見いだせないかのような閉塞感の根源がある。

 3年間の連立時代の経験をつうじてすでに明らかなように、この「100年目の大転換」を成し遂げる力は、過去の官僚依存の利権政治や自主性を欠いた冷戦思考を引きずった既成政党ととの亜流からは生まれてこない。いま必要なことは、すでに人口の7割を超えた戦後世代を中心とする市民のもつ創造的なエネルギーを思い切って解き放ち、その問題意識や関心に応じて地域・全国・世界の各レベルの政策決定に参画しながら実行を監視し保障していくような、地球市民的な意識と行動のスタイルをひろげていくことである。

 政治の対象としての「国民」は、何年かに一度の選挙で投票するだけだった。しかし、政治の主体としての「市民」は、自分たちがよりよきう生きるために、そして子どもたちに少しでもまし未来をのこすために、自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、いくばくかの労力とお金をさいてその実現のために行動し、公共的な価値の創造に携わるのであって、投票はその行動のごく一部でしかない。私たちがつくろうとする新しい結集は、そのような行動する市民に知的・政策的イニシアティブを提供し、合意の形成と立法化を助け、行動の先頭に立つような、市民の日常的な生活用具の1つである。


2010年からの政策的発想

 私たちは、過去の延長線上で物事を考えようとする惰性を断って、いまから15年後、2010年にこの国のかたちをどうしたいかに思いをめぐらせるところから出発したい。するとそこでは、小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による「地方分権・地域主権国家」が実現し、そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく、新しい展望が開かれているだろう。

 経済成長至上主義のもとでの大量生産・大量消費・大量廃棄の産業構造と生活スタイル、旧来型の公共投資による乱開発は影をひそめて、技術創造型のベンチャー企業をはじめ「ものづくりの知恵」を蓄えた中小企業経営者や自立的農業者、それにNPOや協同組合などの市民セクターが生き生きと活動する「共生型・資源循環型の市場経済」が発展して、持続可能な成長とそのもとでの安定した雇用が可能になっているだろう。

 国のつごうに子どもをはめ込む硬直化し画一化した国民教育は克服され、子どもを地域社会で包み込み自由で多様な個性を発揮させながら共同体の一員としての友愛精神を養うような、市民教育が始まっているだろう。

 そして外交の場面では、憲法の平和的理念と事実にもとづいた歴史認識を基本に、これまでの過剰な対米依存を脱して日米関係を新しい次元で深化させていくと同時に、アジア・太平洋の多国間外交を重視し、北東アジアの一角にしっかりと位置を占めて信頼を集めるような国になっていなければならない。

 私たちは、そのようなあるべき未来の名において現在を批判し、当面の問題を解決する。そしてたぶん2010年までにそれらの目標を達成して世代的な責任を果たし、さらなる改革を次のもっと若い世代にゆだねることになるだろう。

 私たちは、未来から現在に向かって吹きつける、颯爽たる一陣の風でありたい。

友愛精神にもとづく自立と共生の原理

 私たちがこれから社会の根底に据えたいと思っているのは「友愛」の精神である。自由は弱肉強食の放埒に陥りやすく、平等は「出る釘は打たれる」式の悪平等に堕落しかねない。その両者のゆきすぎを克服するのが友愛であるけれども、それはこれまでの100年間はあまりに軽視されてきた。20世紀までの近代国家は、人々を国民として動員するのに急で、そのために人間を一山いくらで計れるような大衆(マス)としてしか扱わなかったからである。

 実際、これまでの世界を動かしてきた2大思想である資本主義的自由主義と社会主義的平等主義は、一見きびしく対立してきたようでありながら、じつは人間を顔のない大衆(マス)としてしか扱わなかったということでは共通していた。日本独特の官僚主導による資本主義的平等主義とも言うべきシステムも、その点では例外でなかった。

 私たちは、一人ひとりの人間は限りなく多様な個性をもった、かけがえのない存在であり、だからこそ自らの運命を自ら決定する権利をもち、またその選択の結果に責任を負う義務があるという「個の自立」の原理と同時に、そのようなお互いの自立性と異質性をお互いに尊重しあったうえで、なおかつ共感しあい一致点を求めて協働するという「他との共生」の原理を重視したい。そのような自立と共生の原理は、日本社会の中での人間と人間の関係だけでなく、日本と世界の関係、人間と自然の関係にも同じように貫かれなくてはならない。

 西欧キリスト教文明のなかで生まれてきた友愛の概念は、神を愛するがゆえに隣人を愛し、敵をも愛するという、神との関わりにおいて人間社会のあり方を指し示すもので、そこでは人間と自然の関係は考慮に入っていない。しかし東洋の知恵の教えるところでは、人間はもともと自然の一部であって、一本の樹木も一匹の動物も一人の人間も、同じようにかけがえのない存在であり、そう感じることで自然と人間のあいだにも深い交流が成り立ちうる。そのように、自然への畏怖と命へのいつくしみとを土台にして、その自然の一部である人間同士の関係も律していこうとするところに、必ずしも西欧の借り物でない東洋的な友愛の精神がある。


「一人一政策」を持って結集を
 私たちの 政治のスタイルも、当然、未来社会のあり方を先取りしたものになる。中央集権的な上意下達型の組織政党は、すでに問題解決の能力を失って20世紀の遺物と化している。私たちは、各個人やグループが自立した思考を保ちながら、横に情報ネットワークを張りめぐらせ、だれかが課題を発見して解決策を提示すればそこに共感する人々が集まって結節点が生まれ、問題が解決すればまた元に戻っていくような、人体における免役システムのような有機的な自立と共助の組織をめざしている。
 したがってまた、この結集にあたっても、後に述べるようにいくつかの中心政策を共有するけれども、それは時の経過と参加者の幅によって常に変化を遂げていくはずだし、また細部に立ち入れば意見の違いがあるのは当然だという前提に立つ。意見の違いこそが創造的な議論の発端であり、それぞれが知的イニシアティブを競い合うことで新しい合意をつくりあげていく、そのプロセスを大事にしたい。

 また私たちは、世界に向かって開かれたこの政治ネットワークの運営に当たって、電子的な情報通信手段をおおいに活用したい。私たちは電子的民主主義の最初の世代であり、地球市民の世代である。

 この「党」は市民の党である。いまから21世紀の最初の10年間をつうじて、この「100年目の大転換」を担おうとする覚悟をもつすべての個人のみなさんが、「私はこれをやりたい」という「一人一政策」を添えて、この結集に加わって下さるよう呼びかける。

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