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日々の事2010年1月31日

石川県の活性化につながるかどうか、新幹線のことが話題になりました。新幹線は首都圏と地元の綱引きの網のようなものです。首都圏の引力が強ければそれはストローと化して地元を吸い込んでしまうでしょう。

地元に魅力が増せば逆も可なりです。
  
ローカル線や空港にどんな影響がでるのか心配です。
  
新幹線に限らず公共事業の検証と予測があいまいなままに事業が継続されたのでは財政の窮迫(きゅうはく)はつのるばかりです。
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日々の事2010年1月30日

ある会合でスピーチの機会を与えられ、生意気ですが、自己保身と自己改革について意見を述べました。

安きにつきたいのは人情ですが時には捨身も必要だとの話です。誰よりも自分自身に言いきかせました。

金沢での街頭活動では手を振って下さる方もチラホラでてきました。今日は加賀方面です。宜しくお願いします。

日々の事2010年1月29日

昨日は七尾市郊外の公民館を訪れました。

ちょうど古文書の勉強会が開かれており、ごあいさつを致しました。

みなさんは郷土の歴史も調べておられるようです。

私は小学校に郷土を知り学ぶ教科書副読本をつくったらいいと思っています。

郷土への愛着は夢を育みます。困難をのりこえる力を養います。

ふるさとの歴史はより身近な日本の歴史でもあります。

郷土は宝の山です。

日々の事2010年1月28日

親友のN君の中学時代の友人達と食事をしながら懇談しました。

その中に宝達志水・米出の女性が二人いました。

母方の祖父の出身地です。

祖父は深川木場で木材屋を営み、政治と相場が大好きな人だったようです。

今では米出のどこの家の出かもわかりません。
 
見たこともない祖父ですが、何故かひかれます。
 
いろんな話で盛り上がって時の経つのも忘れました。
 
選挙がつむぐ縁の糸は、おもしろくからんでいます。
 
それぞれの人生をたぐり寄せていくと、不思議な光景が見えてくるかもしれません。

日々の事2010年1月27日

昨日は、あたたかい日差しをあびながら野々市町の辻々で訴えました。

春が待ち遠しい頃合いです。
 
「春と聞かねば知らでありしを 聞けばせかるる胸の思いを いかにせよとのこの頃か…」
という早春賦の一節が浮かんできます。

県政もこの不況と財政難と閉塞感をのりこえて春をつかまねばなりません。

その意志と活力を競う闘いです。

日々の事2010年1月26日

昨夜の金沢集会で政策発表会は一区切りです。

李鋼哲先生は、海の向こう側に大きな夢のかけ橋を架けてくれました。

帰り際にある先輩が、百万石だけでなく、多彩な石川県の歴史を県民の進取の精神につなげた方がいいとアドバイス してくれました。

北前船による繁栄、渤海国との交流、一向一揆、百姓の持ちたる国などなどです。

長ければ「清い水でもウジがわく」などという多選批判もとびだし、盛り上がる中にも楽しい雰囲気でした。

日々の事2010年1月25日

七尾の政策発表会ではなつかしい方々にもお会いできました。
 
農漁業のビジョンが乏しいと指摘されました。

地産地消を県民運動とする(観光施設なども含めて)。

特産品のブランド化、営農指導体制の強化、都市と農山漁村の各種連携などあらゆる可能性を追求したいと思います。
  
いろいろなご提案もあり、ビジョンは膨らみつづけます。
  
県人知事の待望論も強く感じました。

日々の事2010年1月24日

小松市ではじめての政策発表会を行いました。

寒中の中、足を運んで頂いた皆様に心より感謝致します。
 
環日本海時代の石川県政を中軸にして、今日のきびしさを打開しようと呼びかけました。
 
「南加賀には政策の光が当たっていない」
「梯川の拡張にも知事の動きが見えない」
「木場潟公園には年間40万人が訪れているよ。今江潟も含め自然は自然に戻すことを検討できないか」
など意見、卓見がつづきました。
 
みなさんとともにより豊かな政策に仕上げていきたいと思います。

日々の事2010年1月23日

かつてお世話になった方々にあいさつ回りをしています。

お互いに年を重ねました。

第二の人生を楽しんでおられる人、体調がおもわしくない人、ハローワークに足を運んでおられる人などさまざまです。
 
見ること聞くこと、高齢社会をおそった不況のつめ跡は深刻です。
 
はこ物をつくるより人々の悩みにどう対処すべきか、行政は問われています。

日々の事2010年1月21日

おかげさまですばらしい街宣車が整備され、能登町松波で第一声を放ちました。
 
最初に私のために後援会を立ち上げて下さった方々への気持ちを込めて・・・。
 
夜は波と風の中に立つこれぞ能登という民宿に泊めて頂きました。
 
風土ととけ合った人の情にふれ、大いに励まされました。
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